Teddy's Why?

300 【スリーハンドレッド】

300<スリーハンドレッド>特別版(2枚組)300<スリーハンドレッド>特別版(2枚組)
(2007/09/26)
ジェラルド・バトラー.レナ・ヘディー .デイビッド・ウェナム.ドミニク・ウェスト.ビンセント・リーガン

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家族のために死ぬ気で働いてっからよ。
そんな現代の男達の戦場はモニターの前であったりする。
過労死をのぞけば死に至る仕事は希有だ。
生活の糧としてのお金はコンピュータがあれば
稼いでくれる時代になってきた。
そして、現代の王は奸計を持ち沢山のモニタの前で
実体の無い株を動かし巨万の富を得る。
そんな現代に国や家族のために命を擲つと言う行為は
ドライなセンチメンタリズムにしか聞こえないのだろうか?

「金、金、金と恥ずかしくないのか!」
そうラファエロは言ったそうだ。
史実に善政を敷いた王がどれだけいたのかは知らないが
王というのが富の蓄積だけでなくノーブルな存在であるべきだ
そんな庶民の希望はいつの時代にも変わりがない。

娯楽の無かった中世、宗教画は人々の信仰を
自己の中で増幅させるのを手伝い
それらは動かない1枚の絵画達であった。
信仰対象は変わったモノのそれらの絵画は
コミックやグラフィックスとなり進化している。

時は変わり現代。
この作品は映画という動く絵画の中
CGと言う技術を用い音の着いたコミックとも言えるだろう。
成功した実験映画、シン・シティはそうだった。

全編CGなので通常撮影で撮られた偶然性を持った
フレーミングの美しさは願うべきも無いが
意図された構図、意図された色味、そしてモーション。
全てが動く宗教画に見えた。

現代、コンピュータの前で仕事をし
カバン以上の重たいモノを持った事がない男達の中にも
秘められ、抑制されてはいるが
暴力によっての問題解決への憧憬がある。
そう、この映画は男として古来からある
暴力的美意識のモチベーションを上げる宗教画である。

家族のため、国のため自分の命をかける。
これら利他的な行為、そして信念。
今では失われかけては居るが
男としての埋め込まれている利他的な人生信仰は
どの世にもあるのだろうね。

特に王が写る最後のシーンは正に
壮絶かつ美しい宗教画である。
そう、これは現代の男達への宗教画なのだ。

貫かれた利他的信念はやがて大河となり
積年の層に渡り語り継がれ忘れ去られる事は無い。

野口英世記念館があっても
堀江貴文記念館が無いのはそう言うことだろう。


  1. 2007/06/30(土) 22:44:43|
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